植村直巳 エベレストを越えて(文春文庫)
古い本なのですが、評判が良いので読んでみました。
色々と感じるところがあって、夢中で読みました。
前半は、知っている地名に懐かしくなったり、当時と今の服装の違いに驚いたり。。。
体が細身で硬く緊まっている点は、ヒマラヤの山岳民族の特徴だろう。彼らはカトマンズの市内でもハダシだった。思い思いに短ズボン、フンドシ、白シャツ姿である。
ハダシ!フンドシ!!
これは1969年のこと。今から50年前です。
10歳のポーター、赤ん坊を籠に背負った母親ポーター、若い娘達も。
今では10歳の子供のポーターはいないし、赤ん坊を背負った母親のポーターも若い娘達のポーターもいない。
しかし、私がマナスルトレッキングでお世話になったガイド(44歳)は14歳でポーターとしてスタートしたと話していたので、30年前でも児童労働があったようです。
エベレスト登頂の描写が始ると、リアルな描写にハラハラ。
今ではエベレストはお金さえあれば誰でも登れる(ほど簡単)と言われますが、この本ではルート工作も自分達で行なっているので、やっぱりエベレスト登山も大きく変わったのだなとわかります。
なぜ「誰でも登れる」を言われているかというと、今では危険なルート工作はシェルパが全て行い、キャンプまでの荷揚げもシェルパが行なってくれ、また1人に何人ものシェルパがついて、体を引き上げてでも登らせてくれるからだそうです。
私は実際にエベレストに登ったことがないので、どれほどのものなのかわかりませんし、やっぱりそれでも8848mもあるエベレストに登るというのはすごいことだと思います。
しかしながら、当時のエベレスト登山が今に比べたら、比較にならないほど過酷であったこともわかります。
仲間の死、チームの意味、シェルパの存在、2度の失敗、そしてゴミ問題。
筆者が国際隊に参加した際のこと、
私は日本隊の跡が400メートル四方にわたって、空き缶、紙くず、ビニール、板切れなどが散らばっているのが恥ずかしくて、ポーターに一人五ルピーずつ支払い、ゴミひろいをしてもらった。
・・・何も知らない国際隊の連中が上がってきて、このゴミは日本隊が残したものだと知ったらどう思うだろう。国際隊諸国のメンバーをみていると、先にもちょっとふれたが、ゴミは必ずひろう。第一やたらに捨てない。
・・・日本では空き缶公害、毒物たれ流し、粗大ゴミ遺棄は社会問題になっているが、外国人が聞いたら目を丸くするだろう。都会だけでなく、道路沿いの汚いこと。それは公徳心などというご大層なものの欠如でなく、みんな国土を大事にする気持ちがないからだと思う。
空き缶公害!!!粗大ゴミ遺棄!!!
何も外国人でなくても、現代の日本人が聞いて驚く。1970年はそんな時代だったのか。
日本にもそんな時代があったのか、私はショックとともに、ある種の希望も覚えました。
今ネパールの町はビニール袋やペットボトルなどのゴミが溢れており、その姿はあまりにもひどいもの。しかし、彼らもゴミは道に捨てるものではない、ということがわかる時代が何年か後には来るだろう、と思えたからです。
エベレスト登頂後、筆者はエベレストのことしか考えられなくなるほど、エベレストに取り憑かれていました。
エベレストに登ったことがない私でもヒマラヤに魅せられた一人として、5%くらいは気持ちがわかる気がします。
あの世界は神様と繋がっているから。
植村さんの本の紹介の後ですが、私の本の紹介も。
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