DAY24 ゴーキョ(4750m)→ レンジョラ(5360m))→ ルンデ (4368m)→ ターメ(3820m)
大好きなゴーキョを後にして、帰ります!
行きとは違う、「レンジョラパス」を通って最後に絶景を見納めして帰る。
前回もこのルートを通ったが本当に絶景だった。
6時に出発。
外はだいぶ明るいのでヘッドライトはすぐに要らなくなった。
レンジョラパスを超えそうな人が見当たらない。
まさか今日は私しかいないとか?
そんなわけないよね。
とにかく黙々と進んでいく。
時々後ろを振り返るがやっぱり誰もいない。
湖の脇を巻いて、1時間半くらいで屋根付きの休憩所に到着。
この休憩所色んな場所にできていたけど、5年前にはなかった。
湖が小さくなり、エベレストが見え始めた。
そして、ここからが長かった。
まずガレ場を結構登らされる。
こんな所通ったっけ?すっかり忘れているが、きっと前回も余裕がなかったのだろう。
その後、2名後ろからやってきて抜かしていった。
人がいたことにほっとした。
ガレ場を超えると広々して岩がゴロゴロしている場所に出た。
またお腹が空いて、ゴーキョリゾートで昨日購入したバナナブレッドを食べた。
お腹は膨れたが、味は・・・。
その先はまた緩やかに高度を上げていく。
なかなか着かない。
最後、ジグザグに登る記憶があったがそこは本当に最後の最後で、そこまでが長かった。
ジグザグに登り始める手前でまた後ろから人が来て、何本か道があったがどこを行くのが良いのかわからず迷っていたので、その人の後をついて行くことにした。
その人はガイドっぽくて、更に後ろから1人インド人っぽいお客さんが付いてきていた。
ガイドの歩くスピードが尋常じゃない。
進んではお客さんを待ってって感じに見えた。
私はお客さんにも先に行ってもらい、彼らの後を追った。
ジグザグに登って行くところは、道を外すと少し凍っている場所があったりしたりので、彼らが歩いている場所がどこかわかるのはありがたかった。
最後のひと登りというところで彼らのポーターもやってきて道を譲った。
レンジョラパスのタルチョは随分前けら見えていたが、ウゲー、あんな先かと思っていたのがようやく間近に迫ってきた。
やっとやっとやっと到着!!!!
パスには抜かして行った2人と、インド人、ガイド、ポーターの3人がいた。
あー、やっぱりここレンジョラパスは本当に気持ちの良い場所。
日が当たって寒くないので、ゆっくりできるのもポイント高い。
抜かして行った2人は結構長いとこパスにいた気がするが、私が到着するとまもなくまた、ゴーキョへ帰って行った。
え!そっちに行くの??とびっくり。
せっかくだからそのままターメ方面に降りれば良いのに!!
景色だけ見にきたようだ。
その後、また別のポーターの男の子もやってきて、「自分のお客さんは日本人だ」という。
えー、そうなんだ!
思わず、「ヤッホー」と叫んでみた。
返事は来なかったが、後から聞いたら、ちゃんと聞こえたらしい!
インド人のグループの写真を撮ってあげ、私も撮ってもらい、さらに私のカメラでカメラマン風の写真を撮って遊ぶ彼ら。
携帯のポートレートモードで撮ったらカッコよくてわたしも撮ってもらった。
このポーターが今日は誕生日と言うので、ちょうど良いと思い、食べていなかったスニッカーズやマーズバーをあげた。
このバーを渡している動画をインド人が撮っていたけど、ポーターはこれを気に入ったようで後から何度も再生して見ていたのがかわいい。
それからガイドは槍ヶ岳山荘で働いていたことがあるそうで、少し日本語が通じた。
やっぱり何かしら接点がある人としか会わないようになっているのだな。
屋久島のことは知らなかった。
インド人はインド生まれだけど今はシアトルに住んでいるらしい。
日本人には全然会っていないから会いたいなー、と思ったがなかなか上がってこないのでまたこの後ターメでと言って降りることにした。
ちなみにこのポーターは初めて日本人と英語で話したと言っていた。
20分くらい滞在し、インド人達が降り始めたので私も後を追う。
レンジョラの、この向こう側は日陰になっているので万が一凍っている時のために、軽アイゼンを持ってきたが凍っていなかったので使わなくて済んだ。
段差がすごい。
ガンガン下る。
それでも前回より整備された感じもする。
下りは息が苦しくないのでサクサク降りた。
インド人のポーターと日本人のポーターは後から一緒に降りてきて抜かして行った。
早い!!
ポーター達は、1人は一人分、もう1人は2人分の荷物を運んでいるので。時々荷物を交代しながら歩いていた。
こういうのを見ると、ネパール人のこの助け合いってすごいなぁ、と思う。
途中で休憩していたところで追いつき、私も休憩。
とりあえずルンデまで2時間だが、もうお腹が空いているので長く感じた。
休憩している彼らに追いつき、また少し距離が開いちゃって、また追いつくと言うのを繰り返しながら、最後は私のこと待っていてくれて一緒にランチプレイスへ。
Renjo Pass Support Guest House、という頼りになりそうな名前のロッジ。
私はピザを、インド人はチョーメンを頼んだのでキッチンがてんやわんやになったのか、かなり時間がかかった。
しかし、出てきたピザはめちゃくちゃ美味しくて感動!
味もおいしいし、生地もサクッとしていておいしかった。
ネパールで食べるピザは大体おいしい。
さて、ここからは3時間くらいでターメに着く予定。
「荷物を交換してあげる」と言ってくれるガイドのプルバ。(私が一番大きな荷物を持っていたので)
「下りだし大丈夫だよ。悪いし。」とこの時は断る。
5年前を彷彿する展開。
ネパールの男たちは優しいねぇ。
プルバもポーターのチュルティもすごく早く歩ける人たちなので、2人で歩くとどんどん先に行っちゃうことに気づいたのか、私達に「先行って」と言う。
そこで、インド人のピヨシを先頭に私が続く。
確かにこれは良い感じ。
荷物のことを何度も聞いてくれるのて、最後の2時間は持ってもらうことにした。
プルバが私の荷物を持ち、ピヨシがプルバの荷物を持ち、私がピヨシの荷物を持つという形。
わー、軽い!スキップできそうと思うくらい。
プルバはクライミングガイドもしていて、エベレスト4回、マカルー、マナスル、アマダブラム など名だたる山に登っていた。
見た目は優しい感じでキリッとしたクライマーの雰囲気はないけど、確かにあのレンジョラパスに向かっていた時の歩く速さを見たら相当強いんだろうな。
Jombaのことも知っていたし、クサンのことも知っていた。
さらにニマカンチャも知っていて、一緒にどこかの高い山に登ったことがあるみたいな話だった。
あいつは良い奴だと。
プルバも子供の時はお寺に入っていたみたいだし、もと僧侶同士、話が合ったのかもね。
世間は狭い。
ターメの村の入口に来ると、夕日がタムセルクにあたって赤く染めきれいだった。
レンジョパスの時に話がでた日本人達は私たちがランチしている間に先に行ったようだったが、ターメの入口にポーターの青年の家があり、そこでお茶している所を、日本人のガイドが呼んでくれたので、せっかくだからみんなで寄った。
日本人の人は夫婦かと勝手に思っていたらおじさん2人だった。
青年のお父さんも昔は高い山に登っていたようなメダルや写真がたくさんあった。
カミリタもこのガイドさんもみんなターメ出身。
ターメは強いクライマーを何人も出していることで有名だ。
ターメの男性はほとんどガイドになるのかもしれない。
お茶をいただき、外へ出るとすっかり暗くなっていた。
ほんのり見えるけど私は限界がきてヘッドライトを取り出した。
ネパリはこの暗さでも見えるみたい。すごい。
ターメの村はストゥーパの後ろ側で、丘を越えないといけないという。
最後のもう一踏ん張り。
やっと宿に着いた時にはほっとした。
日本人達も到着していた。
この宿は新しそうで靴を脱いでサンダルに履き替えるという、珍しい宿だった。
着替えていたら、プルバが「夕食は?」とメニュー持ってきてくれた。
私はプルバの客ではないのに、一緒に面倒見てくれる。
着いたの遅かったからもう夕食の時間だ。
すぐにダイニングへ。
暖炉がついてた。よかった。
人が沢山いるなぁ。
イスラエル人の男の子とメキシコ人の女の子、そしてポーターも何人か。
よく歩いたのでダルバートを頼み、レモンジンジャーハニーを飲みながら待つ。
少し日本人男性と話すがあまり盛り上がらなかった。
後ほど彼らのガイド(ペンバギャルツェン)と話したところ、彼らは春にエベレストに登るらしい。
中国側もトライしたことがあるそう(サミットには行けなかった)。
なので、今回のロブチェピークはその練習らしい!
なんと!そんな風に見えなかったので、人は見かけによらないね。
そして、ペンバギャルツッェンも有名な日本語クライミングガイドであることを教えてもらった。
彼は、イモトのマナスル挑戦や三浦雄一郎さんのエベレスト挑戦の時にも関わっていたガイドだそう。
今回の旅はネパール山界の有名人に会えたり、エベレストに挑戦しようとしている人に会えたという不思議な旅だった。
私が初めてクライミングに挑戦したから、そっちの方向にエネルギーが動いたのだろう。
ダルバートはタルカリが全然カレーの味はせずただの野菜炒めで、やたらご飯の量がおおく、初めて食べきれなかった。
カレー味だったら食べれたかも?
その後、ネパリの食事が済むとちょっとしたパーティーに。
レンジョラを無事に超えたのであとは、危ない場所はない。
私も日本の歌を歌ってと歌わされてしまった。
こういう時に歌えるように何か準備しておかねばと前も思ったことあったのを思い出す。ひゃー、困った。
「翼をください」を少しだけ歌い、許された。
ポーターのチュルティは歌も踊りも上手。
ラムやトンバなどのお酒が振る舞われ唱えや踊れやになった。
22時過ぎまで盛り上がり、これでもそろそろ寝ようと先に部屋に戻ったがまだまだ宴会は続いていた模様。
DAY25 ターメ(3820m)→ ナムチェ(3440m)
今日はついにナムチェ!
シャワー浴びるのが楽しみ♪
6時台に起きてしまったけど、まだみんな寝ているっぽい。
お湯をもらって味噌汁を作って飲んだ。う〜沁みる。
お腹空いていたのでフレンチトーストを食べてみた。
まあまあおいしかった。
徐々に人が起きてくる。
みんな今日はナムチェまでだからのんびりモード。
みんな起きてくるのを待っていたらなんだかんだ7:45になってしまった。
出発までにまだまだ時間がかかりそうなので、どうせ追いつかれるので先に出発した。
ターメからナムチェの道は結構好き。
生活感ある感じも良いし、緑も多いし、太陽が気持ちいい。
生き物がいないような世界から、一気に生き物の気配がぷんぷんな場所へ来た感じがとても落ち着く。
一人で黙々と歩いた。
肩が痛くなって時々休憩したけど、2時間くらいは一人で歩き、プルバとピヨシに追いつかれ、そこからは一緒に歩いた。
たまにある登りは私が少し遅れるので、登り切ったところでいつも待っていてくれた。
誰かいると引っ張られてペースが上がる。
ターモからナムチェは微妙に登りもあるので、最後がなかなか疲れた。
突然現れるナムチェ!
天空の城だな。
はー、帰ってきた。
帰ってきたかった気持ちと帰ってきちゃったなーという気持ちと両方ある。
グリーンターラ(Green Tara)が、(行きに泊まったニルバーナホームより)良い宿と、プルバあまりにも言うので、グリーンターラを見てみることにした。
ニルバーナとは逆側に位置しているので見える山もタムセルクではなくコンデリが見えていた。
チャージやWifiが有料だぁ、と思いそれを言うと、チャージは自分がしてあげる(お金かからない)。
Wifiはピヨシがエベレストリンクが1回線余っているから使って良いよ、と言ってくれた。
そんなわけでこの宿に収まる。
とりあえずホットシャワー(ガスシャワー)を浴びることにした。
10日ぶりくらいかな。
垢がすごい。何度洗ってもどんどん出てくる。
ゴーキョでフケがすごかったので髪の毛は念入りに洗った。
とはいいつつ、キリがないのである程度で切り上げた。
すごく痩せた気がする。5kgくらいたせたのではないか?今なら体重を測ってみたい。
ウエストと足が細くなっている。
余分な脂肪が取れた感じ。
足はおもしろくて、普段は張っていることが多いが、常にとろとろした筋肉になっている。
腿さえも痩せたように感じた。
シャワーの後は屋上で洗濯して干してからランチ。
この宿の面白いのは、シェルパメニューが別であること。
せっかくなのでシェルパメニューの中から選びたい。
ランチはダルバートにした。
ここのダルバート美味しかった!
タルカリに春雨が入っていてびっくり。
ちょっと中華っぽかった。
真鍮のお皿に入ってきたのは久しぶりだった。
ダイニングで日向ぼっこしながら髪の毛を乾かす。
プルバがWifiパスワードを聞いてくれた。
ここグリーンターラとニルバーナホームのオーナーは兄弟らしい。
なんとなーく宿の感じが似ていたので納得。
ついでに、前回泊まったSAKURA Lodgeも兄弟だそう。
ピヨシはシャワーや電源が着いた良い部屋に泊まっていたので、自分の部屋のシャワーを浴び、プルバも借りて浴びていた。
チュルティーはナムチェでは同じ宿に泊まれないらしい。(ポーターはダメらしい)
なぜ??
ポーター用のティーハウスがあるみたい。
ピヨシはチュルティーに自分の部屋のシャワー浴びれば良かったのにと後から言っていたけど、ほんとそうだよね。
ピヨシとSherpa BaristaというCafeへ行った。
ここが一番ケーキがおいしかった印象がある。
ピヨシはコーヒータウンのシアトルに住んでいるのでおいしいコーヒーに慣れている。
ワールドカップを放送していた。
私はアップルバナナクランブルを、ピヨシはチョコムース的なものを注文し、お互いの味が気になったので結局分け合って両方食べた。
やっぱりここのケーキはおいしい!
ピヨシが全部お金を払ってくれた。
絶対私の方が年上なのだが、、、恐縮です。
その後少し散策。
私はほっぺたにできたヘルペスみたいなのの薬があるか薬局で聞いてみた
。塗り薬を出してくれて、850rpもしたけど買ってその場で塗った。
薬のおかげか治りかけていたのかわからないけどその後すぐに良くなった。
飲み薬もあったけどそれは怖かったので断った。
宿に戻って、洗濯物を回収。
下着やメリノウール肌着は大体乾いていたが、靴下はまだまだ。長ズボンはウエストあたりがまだ。スパッツもまだ湿っている。
とりあえず部屋干し。
着替えてダイニングへ行くと噂の電気ヒーターが付いていて暖かかった。
そんなに大きなヒーターではなかったけどなかなかパワーがあるようだ。
ナムチェは薪ストーブから段々こういう電気ヒーターに変わっていくだろう。
ターメに水力発電があるそうで、電気は結構あるみたいだから。
夕食はまたシェルパメニューの中から、トゥクパにした。
他に迷ったのが2つあったけど、それはお腹壊した人がいるとのことでトゥクパを勧められた。
これがびっくりするほどおいしかった。トマト味も効いていて、日本人は生姜好きでしょということで少し生姜も入れてくれたので暑いくらい暖まった。
洗濯物は全然変化なし。
うーん、どうしようかな。
わたしの体温で乾かそう作戦で、靴下以外布団の中に入れて一緒に寝ることにした。
この宿には他に5人くらいしか泊まっていない。
オフシーズンだなぁ。
DAY26 ナムチェ(3440m)→ ルクラ(2840m)
プルバ達は7時に出るというので私も早く起きたが、彼らの朝食が出てこず、結局先に行くことにした。
ピヨシの部屋はソーラーシャワー&コンセント付きだったので(1000rp)、カメラの充電をしてもらった。
残りギリギリだったので助かった。
私は朝食は食べず、味噌汁だけ飲んで出発。
ちょっとお腹がゆるい。なぜかな?
朝のナムチェは気持ちいい。
大体下りなのも嬉しい。
ジョルサレ手前の川のところで、日本人達発見!
追いついてしばらくいっしょに歩いた。
「なんでエベレストに登ろうと思ったか?」と聞いたら、
「もう、この歳になるとやることがない」と。
えー、そんな理由??
「エベレストと登ったことある人や登ろうとしている日本人には初めて会った」と言うと、
「自分が登ろうとするとそういう人と繋がっていくから自分の周りには結構いる」と言っていた。
なるほどね。
昨日までのポーターはナムチェで終わりで、今日は高度順応で休みのポーターがルクラまでバイトで往復してくれるらしい。
どうにでもなるネパール。
モンジョまでいっしょに歩いたが、トイレに行きたかったのと、サモサを発見したのと、この後登り階段が見えたので、私は休憩することにして先に行ってもらった。
結局サモサではなくセルロティにしたけど、おいしくなかった。
温めてくれたけど、やはり揚げたてでないとだめか。
とりあえずお腹はいっぱいになった。
その後ジョルサレのチェックポイントでパスポートを提示している間にプルバ達に追いつかれた。
早いわね。
私の30分後に出たそう。
そこからはまた一緒に歩いた。
そして、お茶休憩に付き合う。
陽が当たって気持ちいい場所だった。
ここのお茶代はプルバが払ってくれた。
この時にまたすごい人たちに会っていたことを後から知った。
チュルティの知り合いのガイドが通って行った。
彼はネパールの伝統的なギターみたいな楽器を演奏するのがすごく上手なんだよ、と言っていたのだが、
このチームは冬のチョオユーに挑戦しようとしていた、クリスティンハリラ(8000mx14座の最短記録保持者)のチームだった。
当時はまだ記録達成前で、このチョオユーの挑戦も悪天候で撤退していたが、カトマンズについてからその事実を知り興奮してSNSで彼らの動向を追っていた。
パクディンランチを目指して!
行きにToc Tocでランチした夫婦が外に出ていてまた会えた。
「サミット成功した?」って聞いてくれた。
相変わらず優しい笑顔。
「お茶していけば?」と言われたがプルバが止まらなかってのでそのまま「また来た時に」と言って通過。
どんどん下った。
川の近くのロッジで生人参や大根が売っていたので立ち止まった。
私とピヨシは人参、プルバとチュルティーにはコーラとスプライトを。
ピヨシが払おうとしたのでここは私が払わせてもらった。
パクディンの手前からはタムセルクが見えてきれい。見納めかな。
ランチはプルバの親戚のSherpa Guide Lodgeで。
このロッジは新しくて目立った。
ダルバートを注文。
靴下を外に干してランチを待った。
初めてタルカリにカリフラワーが入っていた!人参の味も濃くておいしかった。
この時はまだチャプルンに泊まる予定だったが(飛行機に乗らない場合はチャプルンの方が近道)、流れに流されてルクラに行くことになった。
またしても!5年前と同じになってしまった。
まあお世話になったから見送りたいというのもあったし、別れ難いのもあるし。
そう決まると最後の30分はまた荷物を持ってくれた。
今日はプルバの荷物が重くなっていて、それを持ったピヨシは息が上がっていた。すまんよ。
チャプルンから登りなので最後がなかなかきつい。
Toctocのチェックポイントもスルーしたけど、ルクラのチェックポイントもスルーして良いらしい。
なんじゃそりゃ。
帰りだからなのかもしれないが、よくわからないシステム。
ルクラの街に入ると、「ここ日本人がやってるよ」とチュルティーが教えてくれたお土産店を覗くと日本人女性がいた。
ネパール人と結婚されてルクラに住んでいるそう。
あと日本人2人組の男性のうちの1人も。
軽く話して「また後でくるかも」と言って宿へ向かった。
日本人達はすぐ近くの宿にしたらしく、ペンバギャルツェンもいた。
私たちの宿は空港を超えたMountain View Lodge。
バスルーム付きと共用バスルームの部屋がある。
バスルーム付の部屋の値段は聞かなかったけど、シャワーを浴びるつもりもなかったので共用の方にした。
登りで汗かいたので寒い。ダウンまで来て着ながら乾かす。
お茶を飲んでいたらピヨシがやってきたので一緒に散策へ行くことにした。
先程の日本人女性がやっているお店にたどり着いたので覗いてみた。
オリジナルTシャツやヤクショールがあった。
デザインも自分でしたものもあるらしい。
買っても良いかもと思ったTシャツがあったけど、まだ旅は続くので買うのはやめた。
600rpのものが多かった。
その後またケーキ食べることに。最後になって甘いものにはまっている。
私はキャロットケーキとアップルティー。ピヨシはチョコケーキとお酒が入ったコーヒードリンクを。
この店でもワールドカップを放送しており、トレッキング終わりのトレッカーがくつろいでいた。
ここのケーキもおいしくてびっくり!
キャロットケーキは温めて、キャラメルソースをかけてくれた。
隣の席のフランス人に話しかけられてて話しているうちに、「ご飯ができたよ」とプルバからメッセージが来たので帰ることに。
ルクラは寒い。
宿に帰ると、大きなグループがいて盛り上がっていた。
夕食はスプリングロール。
スプリングロールに麺入れるのやめてほしい。笑
野菜とじゃがいもにしたらいいのに。
ピヨシはプルバとチュルティーにビールをご馳走してあげていた。気前いい人。
チュルティーはまたもやこの宿には泊まれないらしく、ルクラの従兄弟の家に泊まるそう。
夕食時に顔出して、チップをもらわないと帰れない感じで待っていた。
やはりチップって大きいんだな。
明日はピヨシが6:15に出発するというので見送ることにし、早く寝る。
続く
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